■仕事と趣味を両立したい
6歳の時からずっとクラシックバレーを習っています。今後も趣味として続けていきたいので、仕事と趣味を両立できること、というのが自然と私の就職の条件になりました。
初めはそれなりにやる気になって、資料請求ハガキ、説明会、という普通のパターンで就職活動を始めました。3年生の冬です。定期的にバレーの発表会をしていたことがきっかけでしょうか。最初に、イベント系の仕事に就きたいと思いました。
■イメージと違う会社に幻滅
最初に面接まで行ったのが、展示場などでブースを持つようなイベントを企画する会社でした。そこで話を聞いて、私は幻滅してしまったのです。
華やかで活気のある仕事を想像していたのに、実際は体力仕事。結果的にそこは落ちてしまったのですが、実態が分かり、そのままイベント系を志望するのを止めました。
次に志望範囲を広げてみました。でも、自分ではいろいろ言葉を考えて、面接官もしっかり聞いてくれて、満足して帰ってくるけれど、落とされてしまう。その理由が分からないのです。今考えると、私の、働くことに対しての意欲がそもそも最初から欠けていたのだと思います。
なんで落とされたんだろう、自分のどこがいけないのだろう。そういうことを考えているうちに、だんだんやる気が失せてしまい、気付いたら就職活動を全くしなくなっていました。
■高すぎた、ストレス発散法
そんな私を見て親も辛かったと思うのですが、そういうことについて、あまり言いませんでした。
でも何かの口論のついでにぽろっと言われ、大喧嘩になってしまったことがありました。一番突かれたくない点を突かれて、それが一番辛かったです。
卒論が生活の中心になっていき、就職のことは常に頭にあったものの、考えないようにしていました。 こういう理由でできない、という言い訳ばかりしていましたが、でもやろうと思えばできたと思うのです。ただやりたくなかった。卒論とか就職とか、考えるだけで食欲もなくなって、いつも友達と長電話をしてました。電話しまくっていたら、1ヶ月5万円の請求書が来て、そしてその次の月が8万円でした。
■働いて初めて、就職活動の重要さを実感
卒業直前の3月くらいに、さすがにこのままじゃまずいと思い、職種も業種も決めず、仕事を探しました。
転職情報誌に掲載している企業というのは、欠員が出るから求人を出してるわけで、今すぐにでも欲しい状態。 電話がかかってきた時は、親をほっとさせられたことをうれしく思いました。
働くことになったのは小さな不動産の会社で、経理の仕事を任されました。自分のやりたい仕事ではないのですが、都心から離れた私の実家に近く、残業もあまりない、という点にひかれて決めました。
お金のためと割り切れば、平日でもバレーを踊ることができる。経理の仕事もなんとかこなせていました。
でも次第に、自分の状況に疑問を持つようになっていったのです。このままでいいのか、そろそろ年齢的にもきちんと仕事のことを考えないといけないのではないか。
大学の時は、就職活動の重要さをあまり考えることができませんでした。毎日の仕事がこれだけ自分の生活の大部分を占める、だったらその仕事を楽しむことができれば毎日がもっと生き生きと過ごせる、ということに気付いていなかったのです。少しでも好きな仕事に就く努力を、欠かしてはいけなかったのです。
■好きになっていた、経理という仕事
会社を辞める直前から仕事は探していましたが、結局決まらずに辞めました。
辞めてから1ヶ月くらいは何もせず、家にひきこもっていました。貯金もなく、お金を使わないようにしていました。 時間的に趣味と両立できること、という条件は変わりません。自分は何が好きなのだろう、何がアピールできるのだろう。
今までの仕事は、成りゆきでやってきた経理だけ。数字を読むことで会社全体を見ることができる仕事。 私には合っているな、と思いました。この仕事が好きになっていたのです。
また転職情報誌で求人を見つけ、決まったのが今の会社です。今は資格取得にも力を入れていて、スキルアップに努めています。 自分を否定せず、自信を持って自分の過去を振り返ってみることも大切なのだと思います。
■就職活動に、プライドはいらない
まだ会社もできて3年目で、業務も私一人でこなさなければなりません。扱ってる金額が大きくて最初はびっくりしましたが、とてもやりがいを感じています。何よりも、今、仕事をしながらバレーが続けられています。
今まで就職活動がうまくいかなくて逃げてきた部分があって、やっぱり自分は子供だったなあと思っています。がんばっている姿はかっこ悪い、という気持ちがあったような気がするのです。就職活動に変なプライドは捨てるべきだ、と思います。
今の仕事はしばらく続けるつもりですが、もし次に転職するとしたら、私はこういうスキルがあります、というのもアピールして仕事を探したいと思っています。
2003.7.31取材
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