■方向性は決まったものの、うまくいかない
大学時代は芸術学部で、遺跡関係の研究をやっていました。この方面
だと、就職は先生の紹介で研究所か市役所になり、正社員ではなくアルバイトか嘱託になってしまう。私は、アルバイトなどをしてみて体質が合わないと感じ、別
の分野の仕事に就こうと考えました。 周りの人にデザインとかやっている人が多くて、印刷会社やデザイン会社で内定をもらっていました。それを見て、私も印刷会社か出版会社でオペレーター的な仕事がしたい、と決めました。
最初に内定をもらったのが、9月でした。でも1週間で内定を辞退しました。 理由は入ったら、最初の1年半、営業をやらなければならなかった。私は最初からデザインの仕事ができるところに行きたいと思っていたのです。
その後は、受けても受けても落ちました。
■卒業式を迎えても、就職先がない
周りはどんどん決まっていき、先生からはさんざん言われましたが、私には焦りはありませんでした。
親が理解ある人だったのも大きいと思います。やりたい仕事が見つからないのに無理に仕事に就いて早く辞めるくらいなら、ちょっと人とは遅れるかもしれないけど、がんばって探してみなさい、と言ってくれたのです。私はやるべき道が決まってるから進むだけ、と思ってあきらめずに就職活動を続けました。
月に一つの会社、というペースでやってたら、気付いたら卒業式を迎えてしまいました。卒業の時点で、就職先がないのです。私は絵やデザインなど結構できるという自信があるのに、なぜ決まらないのだろう。
考えたら、それを証明するものが何一つなかったのです。
それで、デザイン学部にいた友達に、ポートフォリオ(作品集)の作り方などを教えてもらって、勉強しました。家にあったPCを、分からないなりに触ってみたりしていました。
■同じ歳の人がバリバリ働いているのを見てショックを受ける
卒業して半年くらいしてから、ある印刷会社に決まりました。
パソコンの知識はなかったけれど、今までがんばって作ってきたものを見せたら、「まだ未完成だけれど、これだけのものを作るやる気と根性がある」と社長に認めてもらえたのです。
仕事はDTPクリエイターでした。仕事は順調でしたが、同じ歳の人がバリバリ働いているのを見てすごいショックを受けたのです。
負けず嫌いの私は悔しくて、毎日家に帰ってから家のPCでPhotoshopの使い方など、猛烈に勉強しました。雑誌を手本に、最初から最後までまるまる自分で作ってみたり。そういう姿を見て、社長がどんどん仕事をくれるようになりました。
入って1年くらいしてからか、転職を考えるようになりました。理由は3つあります。
1つは、休日出勤が多く、自分の時間がほとんど取れなくなっていたから。もう1つは給料。同年代の給料と比べてすごく安かったのです。入社した時に給料は分かっていたけれど、まずは自分の力をつけたかったので、給料のことは後回しだったのです。3つ目は、もっといろんな仕事をやってみたいと思ったことです。ちょうどインターネットも話題になってきていて、WEBデザインもやってみたいと思うようになってきたのです。
■経験がない分野を志望。落とされ続けて、考え方を変える
転職しようと思って利用したのは、転職サイトでした。WEBの仕事を志望していましたが、経験がないということで落とされ続けました。
期限は特に決めずに転職活動をしていました。会社も辞めずに、面接が入ると有給をとって旅行に行く、と伝えました。と言っても、ほとんど書類選考で落とされるので、実際に有給とったのは2、3回です。業務に支障はなかったです。
なかなか決まらなくて、考えを変えました。WEBのみ希望するのは止め、DTPを平行してやっている会社に入ろう、と。 そうやって決まったのが、今の出版社です。
前の会社を辞める時、社長に泣かれました。いつでも戻って来ていいよ、とも言われました。
■同じ業種で転職をして、キャリアアップをすべき
異業種への転職は、運と、発想の転換が大事かなと思います。それから、無理な期限設定はしないことですね。
最初、私はWEBの方しか見ていなかったのですが、そうじゃなくて、自分のやれるものを取っ掛かりにして、会社に入ってから行きたい方に行くような考え方をしました。
転職はどんどんすべきだと思います。ただし、転職するにはきちんとした大義名分がないといけません。
ただ人間関係が嫌だから、とかそんな理由じゃなくて、実際そうだとしても大義名分を作って、私は次は絶対これをやりたい、という志望動機を考える。なおかつ、同じ業種でいった方がいいと思います。どんどん違う業種に行くのではなく、キャリアアップとしての転職を積んだ方が、これからは有利になっていくと思うのです。
専門職の時代になると思うから、自分の強みを活かして、どんどん転職をする。そういう転職のできる人が、これからの勝ち組になるのではないかと思っています。
2003.9.3取材
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